斜に構えるのは簡単だけれど/『道を継ぐ』
「熱血すぎ」
「時代が違う」
「この人は特別」
そう言って、自分と切り離してしまうのは簡単だ。でも、この鈴木三枝子さんという方の生き様を斜に構えて流しちゃいけない気がした。何か技術を極めて仕事にしたいのなら特に。
ユーザーのことをどこまで考えられるかが職人の腕を決める
カリスマ美容師だという鈴木三枝子さんのエピソードはなかなか強烈だった。
・服は自分のためではなくお客様のために着ろ
・女はカット姿がサマにならないから座って切るな
・一方向からしか撮らない撮影でも、360度美しくセットしろ
人によっては、「何でそこまでしなきゃならないんだ。無駄なこだわりだ」と思う人もいるかもしれない。自分にもそういう気持ちがないと言えば、ウソになる。やれる人だけがやればいいじゃない、と本を読んだ時に思わなかったわけではない。
でも一方で、”人から選んでもらえる職人”に必要なマインドってこういうことだよな、と喝を入れられた気持ちになったのも事実だ。
お客様が自分のファッションも楽しみにしているのを知っているから、その期待に応える。カットしている姿が美しいほうが、お客様も見ていて気分がいい。雑誌撮影の先には同じヘアスタイルを希望するお客様がいるのだから、写らない部分で手を抜いていいはずがない。
お客さまが嬉しいと思うことなら、迷わずやりなさい。
自分が嬉しいと思うことは、よく考えてからやりなさい。
(Kindle版P.407)
自分の仕事は誰のためなのか。誰に影響するのか。
視野を広く深く持てる人が、選ばれる職人になるのだろう。
書き手が一歩引くことで読み手は受容しやすくなるのかも
夜中の2時に鈴木さんからかかってきた電話に出られずに怒鳴られた、というエピソードを話す人がいた。その人は「当時は理不尽だと思ったが、今は『美容師は24時間すべて仕事に活かせる素敵な仕事だ』と言いたかったのではと思う」と、怒鳴られた意味をスーパーポジティブ解釈していたのだけど、その続きの会話が印象的だった。
ただ、この話には続きがある。
「でもそれは、鈴木さんが言った言葉だから、そうポジティブに解釈しているだけじゃないかな」と私が彼女に言ったからだ。
「そう言われればそうかもしれませんね」
「結局、人は”何を言われたか”じゃなくて、”誰が言ったか”で、その言葉の意味を捉えるのかもしれないね」
「確かにそうですね。鈴木さんに言われたことなら、どんな言葉でも大切な意味があると思っちゃうから」(Kindle版P.1440)
「鈴木さんの言葉だからでは?」と問いかけられる著者の冷静さはプロだなと感じた。亡くなった方のカリスマエピソードをたくさん聞いていたら、その人のことを無条件に肯定的に捉えるようになってもおかしくなさそうだけれど、ちゃんと一歩引いた視点を持ち続けている。
正直、この続きの会話がなかったら、「いやさすがにその解釈は好意的すぎるでしょ……」としか思わなかったと思う。著者の踏み込んだ問いかけのおかげで、「そう思わせるだけの信頼関係ができていたってことかなあ」と納得した。
描き出す世界に書き手が入り込みすぎないことで、逆に読み手は入りやすくなる、なんてこともあるのかもしれない。